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ネクタイ [雑感]

この夏の猛暑で、クールビズスタイルがだいぶ定着したように感じる。
やっと涼しくなってきた今でもまだノーネクタイの人が目立つ。

我々の世代はスーツでノーネクタイというのは、
犯罪者が収監される時のイメージがあって抵抗感があった。
もちろんビジネスだから、当然相手に失礼のないような服装を整えたいという感覚も働く。

しかしながら昨今は、お洒落なデサイン性の高いシャツも出回っていて
このような抵抗感は薄れているのも事実。
高温多湿の日本、しかも最近は間違いなく亜熱帯化してきている環境では、このスタイルは歓迎したい。

ちょっと前まではクリエーター系やIT系の職業の人、もしくは流行やお洒落に敏感な若者から
今のようなデサインシャツにノーネクタイというスタイルが浸透していったように思う。

他の業界は良く判らないが、私がいる業界で言えば浸透の仕方に若干のニュアンスが加わる。
つまり顧客関係の上位のところからクールビズが定着していった感がある。
まずは公官庁、そこから仕事をもらう大手企業、次に仕事をもらう我々。
その商流はあらゆる分野の企業へ裾野が広がっていくが、大体構図は同じだろう。

私のところはメーカーだが、やはりネクタイビジネスバッグに忍ばせて、
TPOに合わせて締めたり外したり。
つまりは客先との商談の時は、やはりきちんと締めて臨んでいる。

だから涼しくなった今でも堂々とノーネクタイのスタイルでいる人を見ると、
「ああ、大手の良いところにお勤めなんだなぁー」とひがみ根性が出てしまう。
ネクタイ1つの話で、曲がった根性が出るとは我ながら情けない。

スタイルの変遷には必ず時代の理由があるように思う。
私は普段はあまり服装にはこだわらない。
清潔で人に不快感を与えなければ、それで良いと思っている。
お洒落が好きな人から見ればつまらない人間である。

いつの頃からだったろう、ホテルジーパンでもOKになったのは?
自分の感覚で持ち合わせているドレスコードは、最早通用しないのかもしれない。
あまりきちんとしているのも、逆に相手に堅苦しく不快な思いをさせるのだろうか?
1度、点検してみる必要がある。
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祖母の死に際して-その2 [雑感]

家内の親族から葬式が出るのは今回が初めてだった。
従って家内も義父も葬式を出すのは初めての経験だった。
健康で長寿の家系なのは喜ばしいことである。

私は、と言えば、
空襲で生き残った唯一の祖母も二親も姉も、皆癌で既に他界している。
親戚の伯父(叔父)伯母(叔母)を入れたら、かなりの身内の葬儀に参列している。
不健康な短命の家系である。
そして仕事関係の参列も含めたらその数は数え切れない。

そんな私でも今回の葬儀に参列して思うところが多々あったので、記しておきたいと思う。

最近の葬儀は年々簡略化されていて、
初七日と四十九日の供養を同時に行うことが多くなってきているような気がする。
もちろん土地や宗教・宗派によって、風習や慣習も違っていて一概にそうとは言えないのだろうけど、関東の私の周りではそんな気がする。

今回驚いたのは、通夜と告別式と初七日と四十九日が同時にとり行われた事である。
確かに家内の父も既に引退し、祖母自身もご近所のお友達がせいぜい数人いる程度。
お付き合いの範疇はとても狭い。
いわゆる密葬に近い形であった。

別に盛大にやる事だけが、故人の供養とは言えないので、
これはこれでありなのかと思う。
そして核家族化した高齢化社会では、結構こういう形が増えてきているのだろう。

もう1つ驚いた事は火葬場の手配が3日待ちだった事。
そんなに亡くなる方が多いのか?と。

そして更に驚いた事には、初めて見た棺桶型冷蔵庫。
昔、祖母や父の時はドライアイスで冷やしていたが、
一般の葬儀社にあたり前のようにその冷蔵庫が数台、
白いカーテンの裏で低いモーター音を響かせていたのには驚いた。
火葬場が混んでいても、これならどうにでもなるのだなと、変な関心の仕方をしてしまった。

最後に「関心」と言えば、格段にまた医療技術が上がってきているように思えた。
父の時は、それはもう最後は癌の痛みとモルヒネの投与と意識の混濁との戦いで悲惨だったが、母、姉、そして今回の祖母と順番に拝見してくると、
痛みの取れ方は確実でありながら、意識も混濁することなく、
尊厳を保った状態がどんどん長くなってきているように思う。
最後の時を少しでも長く意思を疎通し合えることは、家族にとってはとても有意義な事だと思う。

尊厳死の問題はまた別の議論なので、ここでは触れないが、
棺桶型冷蔵庫に見る変化や医療技術の発達などは、
人にとって良い方向であって、皆が享受できる社会であれば更なる進化を望みたい。
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祖母の死に際して-その1 [雑感]

家内の祖母が亡くなった。85歳だった。
御近所からも愛される可愛いおばあさんだった。
料理はどれも美味かったが、とりわけ赤飯は秀逸だった。

詳しくは知らないが、若いときから脚が悪い以外、大きな病気はなかったと聞いている。
病名は癌。
最後の入院となった2~3ヶ月はさすがに寝たきりとなったが、
それまでは食欲もあり、自宅で自らきちんと歩き回っていた。
殆ど家族の手を煩わせる事もなく、懸念された老老介護の心配もなかった。
歩けなくなったと同時に、完全看護病院へ入院となった。
従って病気持ちの家内の両親に、さほど負担が掛からなかったのは不幸中の幸いである。

定年を迎えた先輩方にも、これから老老介護の日々が待ち受けている事をよく聞かされる。
冗談ではなく「介護別居」なる言葉も聞く。
つまり夫婦各々の親を見るためにそれぞれの実家に帰るというのである。
そしてそういう話がやたらに多い事に愕然とする。

定年=楽隠居。
孫を膝に抱え、盆栽や趣味に興じるイメージは、最早この日本には無いのではないか?
定年を迎えてもなお仕事を探し、今までと同じ、
いや今まで以上の労苦を伴った生活がまだまだ待ち受けている。

人事ではなく、いずれ自分もそういう境遇に置かれる。
何をどう準備したらいいのか?
いろいろと考えなくてはいけない。

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景気? [雑感]

久々に伊豆に行ってきた。
急に涼しくなった日に。

季節の変わり目と台風が同時にやってきて、折角の休暇も悪天候の餌食となりそうだった。
幸いにもそれらは微妙にずれてくれて、初日は多少風が強かったものの傘をさすこともなく、
翌日には台風一過の青空が顔を見せてくれた。

そんな訳で伊豆の山々から見る景色は、今までで一番視界が開けた光景を見せてくれて、
駿河湾も相模湾も遥か遠くまで見通せた。
IMG_5063.JPG

今回は初めて犬連れでの旅行
犬を連れていると何かと制約が多いので困るが、
家内のたっての希望なので、そういう宿を手配して出かけた。
古い昔からの貸切コテージだったが、価格の割には温泉もあり、食事もまあまあといった
犬連れという条件下では満足のいくものだった。
むしろちょっと前だったらこういう特殊な条件下では相応の費用がかかったに違いない。

それにしても何処に行ってもガラガラだった。
宿も人がまばら。
道路も空いていて、ノーストレス
観光地も閑散として、私達にとってはとても快適だったが、
どういうことなのだろう!
大型の観光バスでの団体も1台しか見なかった。

箱根・伊豆と言ったら首都圏から一番近い温泉リゾート地で、
以前は渋滞覚悟で出かけていたが、様変わりである。

土日の高速道路実験での渋滞ニュースを良くみたが、
実感としての混雑ぶりはなかった。
確かに天候は悪かったが、人によっては4連休の行楽日和である。

ひたひたと景気の悪化がここまで近づいているという、
季節の変化とは違う何か寒いものを感じてしまったのは私だけだろうか?
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Jazzピアニストと言えば [音楽]

セロニアスモンクの話題に触発されて思い出した、
私のお気に入りアーティストの1人を紹介します。
毎度のYou Tubeからの引用ですが・・・・。

私が持っているアルバムは確か3~4枚だったかな?
その中のライブ盤は特に良いと思います。










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ピアニストの身体は打楽器の一部? [音楽]

私の大切な仲間にクラッシックのピアニストがいる。

ピアニストでもありながら、ある意味企業家でもあり、教育者でもあり、母でもある。

彼女の話はピアニストの話に留まらず、一言で言えば「人間学」とでも表現すれば良いのか、
大学の哲学教授とも互角に渉りあうことができるくらい、
とにかく造詣が深いので何時間話していても飽きない。

その彼女曰く「ピアニストの身体は打楽器だ。」というのである。
素人の私からすれば新鮮な驚きだった。
繊細なタッチからダイナミックな表現まで、
その華麗な演奏(打鍵)から奏でられる演奏を聴いているだけでは、
打楽器のイメージとは、繋がらない。

だけど話を聞くと「なるほどな」と思う。
ピアニストという職業はかなりハードらしく、
「打鍵」という作業はどんなに華麗なメロディーを紡ぎ出すにも、
ある一定以上の身体能力を維持しつづけねばならないらしい。
むしろ繊細で華麗なメロディーラインの方が、
余計その能力を要求されるのではないだろうか?

さてその彼女は、能力を維持し続ける為にあらゆる事を怠らない。
身体の基本である食事から始まって、日々の練習はもちろんの事、
体力作りやストレッチなどでのメンテナンス。
曲作りに欠かせない情緒面に役立つ情報収集や自らへの刺激など、
常にアンテナを高く広く張り巡らしている。

そんな訳で話題も多岐にわたり、豊富な知識で話を飽きさせないのであろう。


ところで何でこの話を思い出したかというと、もう1人の私の大切な友人のブログで、
「セロニアス・モンク」の話題に触れていたから。

興味のある方は当ブログにお二人のリンク(読んでいるブログ)
がありますので、こちらからどうぞ!
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最近のスーツ [雑感]

持っているスーツが軒並み駄目になってきたので、最近新調した。

保有のスーツは様々である。
1万円スーツからイージーオーダーの物まで。
昔多少無理して買った物の中には今のデザインから見れば、
少し難はあるが20年近く活躍している物もある。
1万円スーツは良くて2~3年も着れば、すぐに駄目になる。
まあ、大抵は数年が寿命だろうか?

幸い体型は若い頃からさほど変わってないので、
傷みさえしなければ長く着ていた。
若い頃はトラッドスーツも愛用していた。
これは傷みやすいパンツだけを買い換えれば済んだから重宝した。

さて最近のスーツは、と言うとやたらに細い。
流行なのだろうけど、とにかく細い。

そこでオジサンの余計な独白となるのだが、
今の若い人たちの体力は大丈夫なのだろうか?と。

欧米人並に足が伸びたという説明では理由にならない程細いと思う。
若い人の中でも、スポーツをきちんとやってきた人なら
恐らくオジサンと同様に感じているかもしれないが、
吊るしのスーツなんざその時々の標準体型で作られているはずだから、
多くの次世代の方々はろくに筋肉も付いてないのではないかと思ってしまう。
とにかく腕も二の腕も、太もももふくらはぎも、胸回りもすべてが均等に細い。
直立していないと、布がまとわりつく。
まるでスリムジーンズをはいている感じだ。

十数年前、私よりも2回りも大きい身長175cmの体格良い新入社員が、
重さにして15㎏強、大きさにしてみかん箱より小さい商品を持ち上げられなかった。
最初はふざけているのかと思っていたが、冗談ではないことに驚愕した事を思い出す。
当時、簡単に骨折してしまう子供の話題が、
新聞やニュースに度々報じられていた時期でもある。

昨今は「草食男子」とか言うらしいが、ゆとり教育で身体を動かしてきたかと思えば
そうではないらしく、心身共にスポイルされてしまった次世代が作っていく未来は
どうなってしまうのかと、細身のスーツから憂いてしまうのはオジサンの考えすぎだろうか?

それにしてもサラリーマンの作業着であるスーツは控除対象にして欲しいなぁ~。
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騙されてみる? [食]

「騙されて見る?」
これは愚妻と外食する時の、おまじないともつかない貧乏人の合言葉。
飲食店関係者の方には大変失礼な話だが、いつもそう言ってそのお店の扉を開ける。

大抵が払った代金以上の満足を得られないのである。
もちろん世の中には、私ら庶民が食べたことが無いような
美味なるものを供するお店もあるのでしょう。

でもここで言いたいのはコストパフォーマンスの話。
高級店はそれなりの食材を使うでしょう。
でも調理の腕は?器は?調度品は?内装は?空間は?サービスは?
それらもきちんと自己評価できて代金を設定してますか?
もしかしたらバイト君に作らせてませんか?

逆にリーズナブルなお店でも清潔感漂い、もとろんのこと料理素材を生かし、
科学調味料を一切使わず、きちんとした物を供するお店もあります。
B級グルメと言われるお店だって、その観点から見ればもちろんOKです。
要はトータルバランスとコストが釣り合っているかなんです。

そういうお店が少ないなぁーと思うのです。

で、裏切られる事が多かったので、
また折角の食事の後、嫌な思いをせずそのお店を出るためには、
冒頭の合言葉になるのです。
つまりは期待感を極力抑えて万が一の時に備える。
そうすればたとえ裏切られても「勉強になったね」くらいで心が乱れなくて済む。
逆に美味しかった時は、満足度は大きく感じます。

まったくもって嫌な客かもしれません。

もともとが外食があまり好きではなく、
自分たちが作ったものが一番美味しいと思っている自己満足の能天気な夫婦ですから、
プロの調理を批評するなんざとんでもない話ですが、
もう少しコストパフォーマンスは上げて欲しいなぁーとは思います。

でも贅沢するのなら「普段は買わない高級食材を買ってきて、
自分で調理して自宅でくつろいで食するのが一番の贅沢だ」
なんて言っている貧乏人が語る話ではないかもしれませんねぇ~。

失礼しました。










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天気図と天気予報、そして素晴らしき先生たち [雑感]

中学生の時、NHKラジオ第2の気象放送を聞きながら、
その場で天気図を作成していく、という授業があった。
もちろん記号や書き方を機械的に覚えるだけの内容ではなく、
高気圧・低気圧や前線の構造やそれらの発生のメカニズムなどを
きちんと説明してくれた内容であったから、全体を理解できている。

そんな訳で、ありがたいことに今でもある程度天気図から天気が読める。
例えば高気圧であっても西側にかかれば雨が降ることはある、とか。

何でも興味があり頭も柔軟な時期に良い先生に恵まれれば、
こんなことも可能だったんだろう。
私も当時何処にでもいる科学好き、メカ好きの少年であったから、
それが効を奏したかもしれない。

時代が経つにつれ天気予報も衛星画像やらテクノロジーが発達してきた。
天気図と合わせてみると、より一層解りやすい。
洗濯のタイミングや外出の予定など、結構役に立っているかもしれない。

だけど元来凝り性の私は偉そうに、
天気図が出て来ない天気予報番組では何か信用ができない、
などと平気で思ってしまったりする。
しかしながら実際、意外と天気図を見せる番組は少ないのも事実である。
また新聞の天気図では時間が経ちすぎていて役に立たない、などとも言ってしまう。
まあ知ったかぶりの馬鹿である。

でも1つの知識としては、なかなか良いものではないだろうか?


当時その他の先生方には、
エンジンを分解・組立てさせてくれた技術科の先生もいた。
授業そっちのけで、吉本隆明や加藤周一を引き合いに、
日本の思想史や明治以降の知識人の苦悩を解説してくれた国語の先生もいた。
はたまた則天武后に3時間も費やし、
いかに女が怖いか・暴君は怖いかを語ってた世界史の先生もいた。

物の見方や考え方は、この時期に随分と形成されたように思う。
教育って本当に大事!
円周率=3.0と教えれば良いと思った役人や教育関係者は、
日本を滅ぼそうと目論んでいた某国のスパイではないかと思う。


今にして思えば、中学生相手に結構な内容だったと思うが、
当時は本当に「良い先生がいたなぁ~」とつくづく思うのは、私だけだろうか?



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書込みをずいぶんとサボってしまった! [雑感]

やはり三日坊主だ!
書くことや書きたいことはそこそこあるのだが、もともと慣れてない。
このブログは比較的閉鎖的な環境で書いているので、物理的に書くタイミングも逸している。
かと言って、勇んで買い込んだモバイル環境を活用しているかと言えば、
そうではなく、終始閲覧で済ましてしまっている。

つまりは言い訳である。

もうひとつの理由は、ある理由でこの1ヶ月、恐ろしく気力が落ちているからだ。
ちょっと身体も壊した。軽い「鬱」かもしれない。
医者ではないが、心身から発せられるあらゆる指標がそれを示している。

まあでも素人が自ら「鬱」だとか言って、このように分析しているのだから、
たいした事はないし、仮にそうだったにせよ回復はしているんだろう。

書くことはまた発散にもなるようだし、
またぼちぼち誰が読むでもないブログを書いてみましょうか。
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